マネージメント その13 「セルフマネージメント:自分史」
おはようございます。
堀野です、
今回は
「セルフマネージメント:自分史」
です。
人間は自分に事を以外と分かっていないものです。
「あなたって誰?何者?」
と聞かれても答えに窮してしまうと思います。
自己理解(自分で自分を理解する)は
とても大事なプロセスです。
「頑張らなきゃいけないのにヤル気でない」
とか、
「何故だか分からないけど悲しい」
といった時があると思いますが、
自己理解が深いほど、
「自分でも理解できない自分の状態」を
解消しやすくなります。
とはいえ、
自己理解は一朝一夕でできる事ではありませんし、
一生探求するものだとも思います。
すぐに自己理解はできない前提で
ゆっくり時間をかけて進めて欲しいと思います。
今回お伝えする自己理解の
一つのアプローチは、
「自分史」です。
今までの自分の歴史の棚卸しです。
幼少期から今まで、
多くの事が起こり、
多くの経験をしてきたと思います。
それを自分史として文章にして欲しいのです。
長文で書けるのであれば、
長い方がベストです。
私は会社員を辞めて独立する前に
2万字の自分史を書きました。
それを書き終えて、
自分の中の区切りとする事ができました。
あなたにも自分史を是非書いて欲しいと思います。
ポイントは、
できるだけ客観的に書くことです。
「俺の人生はダメダメだった」
とか
「俺の人生はイケイケだった」
という偏った目線は持たず、
極力フラットな立場を心がけると
自己理解が進む自分史となります。
書いているうちに
「俺、けっこう頑張ってるな」
と感じると思います。
自分自身の努力に気付きつつ、
自己理解を深めてください。
さて、
今回もコメント欄に感じたことを書いてください!
すでに自分史を書いた事がある方は、
自分史を書いての感想をお願いします!
いつもお読みいただき、
ありがとうございます!
堀井
おはようございます!
自分史を書く。
あまりやりたくない行為ではあります。
もちろん、
役立つのはわかっていますが…
僕は、おそらく過去の自分が
いやでいやで仕方がないからです。
もちろん、毎日毎日全力で生きてはきましたが。
僕の成長欲求は、おそらく
昨日の自分への嫌悪感
だと感じています。
今は最高の状態で過ごせているので、
もう少し時間と余裕ができたら、
向き合うタイミングが来ると、
思っています。
そのときはしっかりと
自分史を書き、
自分を見つめる作業を行いたいと思います。
いつもありがとうございます。
お世話になっております。
山本です。
就職活動をしている時に、
自己分析として人生を振り返った経験があります。
その時は「いかに自分をよく見せるか?」という考えがあり、
フラットな目線を持てていなかったです。
極力フェアな観点から自分を捉え、
自分史を作っていくことが大切ですね。
事実と感情を切り離して、
人生のイベントを見直す機会を作ります!
いつもありがとうございます!
何卒よろしくお願いいたします。
ブログを書き始めた時に過去のことを書き、過去を振り返る機会ができました。過去のことを振り返るのはつらい作業ですが、自分は変わってこれたんだなと実感できました。
客観的に見て書くことは意識していなかったし、客観的にみることは難しいと思っていることろがあるのでそれも意識し、最後まで振り返りができていないので最後まで振り返りたいと思います。
いつもありがとうございます。
やまさんと同じで、就職活動のときに振り返った自分は、自分の長所をひねり出すものでした。
自分史をつくるのはなかなか億劫なことではありますが、自分を知ること、避けては通れない大切なことだと思いますので、時間をつくってやっていきたいと思います。
自分史を書くというのは、面白いと思う反面、嫌な事も思い出すような気がします。
ただ、自己理解を深めるためにも、自分もやらなくては、と思いました。
自分の辛い過去を思い出すのは嫌ですが、自分というものを理解する為にも書きたいと思います。
今後独立するにあたって必要な事だと思うので、真摯に書きたいです。
いつもありがとうございます!
おはようございます、小嶋です。
自分史は振り返りたくないトラウマの連続です。
忘れたい事をまた書き出すのはとても苦痛ですが、それが成長に繋がるのであればやるしかないと思います。
過去のトラウマを払拭するのが自分の原動力なので、事故理解を深めるのは常に意識します。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
新八です。
私もみなさんと同様、昔の自分が嫌だったからこその今の自分のモチベーションにつながっている部分があります。
自分を振り返るのはその時の後悔ばかりが頭に残るため、正直あまり気が進まない気持ちもありますが、自己成長のためちょっとずつ振り返っていきたいと思います。
自分史には感情が入ってしまいますが、客観的に棚卸しします。
過去の自分には強烈なコンプレックスがあるので、書き出すモヤモヤよりも、解消したい気持ちの方が強いです。
自分の過去の解釈を変えるためにも向き合って自分史をブラッシュアップしていきたいと思います。
自分の事を伝えるのがあまり上手くはないのでそうやって自分史を1度書いてしまえば自分の事を伝えやすくなるんじゃないかなと思いました。あと皆さま書かれている方いらっしゃいますがあまり昔の自分が好きではなかったりします。今はちょっと好きです(笑)あまり自分の事をよく理解できていないのも確かに全部理解できていないなと思いました。
今日もありがとうございます。
自分史。果てしないですね。これは難題です。
波風のない一般的な生活は小学校卒業まで。
横浜から四国へ引っ越してから本当に色々ありました。
大学卒業からは普通の道ではなく、就職してから今まで、これからも普通の人生では終われないでしょう。
これらを文章化するのは気が遠くなりますが気合い入れて書いていこうと思います。
めっちゃ書きたくないです…
過去の自分の人生があまりにも思い出したくないことばかりです。
今も思い出して凹んでしまいました。でも書き起こせばまたこの気持ちも変わるんでしょうか…
自分史って言葉は聞いた事ありましたが、書いた事はありません
自己理解を深める為に大事な事なんですね
今一度、過去の自分を振り替えってみたいと思います
いつも、ありがとうございます
本日もありがとうございます。
自分の過去を洗いざらい書いてみましたが、自分辛い過去が多いと思いました。
ただ、頭の中の辛い出来事を出すと何故かスッキリする部分もあり、おっしゃる通り結構自分努力して来たなと思いました。
普通の精神では到底受け入れられるものでもなく根性あるんじゃと、褒めたくなります。笑
お読みいただきありがとうございます。
やってみると
以外に辛いこと、悲しいこと、羨ましいことははっきり覚えていますね。言われたこと、そのときのまわりの音、匂い、相手の表情や自分の押し潰されような気持ち。
でも嬉しいこと、楽しいことなど中々思い出せませんね。記憶が薄れてるのか、たいして感情が高ぶらなくて印象が薄いのか。それともほとんど無かったのか。
読み直すと頑張っていると言うか、なんかあきらめてひたすら耐えてるだけの人生ですね。
そんなことだらけでしたが、昔のこたが今いろいろな場面で役に立っています。
そういえば小学校の担任に「何てでも挑戦して経験すれば、将来どこかでそれが役立つから失敗しても色々やってみろ」と言われたことをふと思い出しました。
ほんとに無駄な経験は無いのかな。
おはようございます。
過去の自分の事、振り返ってみましたが、思い出したくない事が多々あります。辛い事、悲しい事、恥ずかしい事等。よく自分生きてこれたなと思います。色々な経験してきました。
振り返ってみると、自分頑張ってきたなと思えます。
文字におこすと何文字になるか分かりませんが、これらをブログの自己紹介欄に応用すれば読者から共感を得られるなと思いました。
今日もありがとうございます!
こんにちは。
堀井さん、ありがとうございます。
自分史は自分死、、ダジャレじゃないですが書きたくない歴史です。
先輩たちも大体似たような反応だったとのが救いですがワタシもそうです。
数年前にブログを立ち上げた時に自分の歴史を辿ったのですが
思い出したくないことが多過ぎて、かなり端折って書きました。
あまりに複雑な事情のところはすっ飛ばして書いたりと結構自分に都合よく書いた記憶があります。
これを書く事で本当に自分と向き合うことができるわけです。
子供の頃に好きだったものはおそらく今も好きで嫌いだったものは今も嫌いなのではないでしょうか。
向き合ったもの、向き合ったけど勝てなかったこと、けつをまくって逃げたこともあります。
これらを書くのはメチャ心を乱されます。
でももう一度向き合って恥を曝け出してみようかと思います。
すごく気が重いので始めるのに時間がかかりそうな気もします。
明日も楽しみにしています。
自分史、書くのが嫌ですが、いい過去がなくて、カッコ悪いことばかりなので、気が進まないです。
先輩方のブログの自分史?自己紹介見ていると、本当に?と思うような辛い過去が多いです。
客観的な自分史なら出来そうな気もしました。
自分史。自己理解する。
私自身が8年前から取り組んでいることで、現在もまだ続いています。
自己理解は、自分への理解と同時に親の理解にまで遡り、感じていくことで、自分の感情や行動がふに落ちるようになります。大変な作業です。
次は、自分史を実際に書いてみることですね。ブログにアップしたくて、綴っていたのですが、長い文章作るのが苦手で途中までで止まっています。
少し落ち着いたらまた続きを再開しようと思います。
今日もありがとうございました。
自分史を私は時系列でスプレッドシートに書きました。
良い感情と悪い感情を分けることで、この辺から私は辛かったのかなとか、これがきっかけで引きずってるのかなとかがわかり、より自己理解を深めることができました。
今後もまだ厚みをつけていきたいです。
とうとう来た自分史
自分史については一部を今までにいろいろ
とこのSNSで書いておりますが、改めて私の誕生の頃から概略の自分史を披露したいと思います。
まず62年前に私、ハゼは生まれました。
貧乏な家の長男として姉が1人その後弟が3人生まれ、子供5人の大所帯、お父さんお母さんとで7人家族。
父親は職人気質のほぼ半分以上やくざみたいなもんですね。
近所で有名な職人ヤクザでしたね。
あと母もそういう男が好きな、とても勝気な女でした。
そして家賃700円の長屋がスタートでしたね。
田舎のとても安い長屋からスタートして、自分も万引きやいろいろ畑を荒らし、
いろんなことを経験しつつ小中高と大きくなりましたが、特に小学校位の時は万引きだらけで、家宅侵入やそういうことも日常茶飯事でやっておりました。
そういうとてもアットホーム?な人間性でしたかね。
中学の時はハンドボールに誘われ、なぜか広島県でナンバーワンとなり、全国大会にも出て全国大会中国ブロックで第3位となりました。
高校でもハンドボールに誘われたんですが私キーパーをやっておりまして、もうこれ以上いいやと言うので、英語クラブと計算尺クラブと言うものに入っており、ほぼ帰宅部でした。
高校時代は友達ゼロで、寂しい高校時代でしたね。
ただ成績だけは、中学の時は成績不振だったんですが、なぜか高校の入試では1番で入試を合格したとの事。
まぁ地元の3流工業高校だったんで、別に嬉しくもなんともなかったですが、その後はハゼさんは頭がいいんだって言うことでそういうレッテルを貼られ、私も頭も良くないのに窮屈な思いをしましたが、何故かいろんなテストはほぼ90点以上、100点
満点はもう毎回の事で、なぜか優等生というふうに見られたようです。
そして高校3年生の終わりごろに付き合った光り輝く彼女と初めての経験をしましたね。
(本当に最初に見たとき光が後光のように射して輝いてました!これは本当です!)
とても可愛い子でした。
まぁその後彼女とは、私は東京に上京し
彼女は広島に残り別々の人生を歩むことになりましたが。
その高校時代の最後、就職か進学かと言うことで、私の進路はまず一番目が防衛大学に入らないかと防衛庁からお誘いがあったと言う事、2番目は外国語大学特に上智に行きたかったのですが、外国語大学に行くのが2番目、3番目が1部上場企業の東京本社に就職し、その本社からロンドンもしくはニューヨークの支社に配属されるとのことで、私は最終的にそういうことに期待して就職を選びました。
当時かなり話題になり、高校では教員の先生方は鼻高々だったようですが、その後私は就職していきましたが、給料40万の海外支社勤務と言うのはなぜか他の方に決まり、とても残念でした。
しかしその1部上場企業の東京本社ではとても楽しい6年間を過ごしました。
まず真っ先にもうとんでもない絶世の美女と言っても過言ではない女の子とお付き合いできました。
結婚寸前まで行きましたが、急遽父が
なくなり、結婚の話もなくなり、私の人生はそれから下降の一途をたどりました。
親の忠告もきかず1部上場東京本社の席を蹴り、希望退職を取り退社しました。
その後派遣会社の社員となり、とても収入の一定しない人生を始め、22、23の頃から彼女もできずその後約49歳まで一切彼女、もちろん結婚もできませんし、とても寂しい20数年間を過ごしました。
やはり金の切れ目が縁の切れ目じゃないですが、運気が上昇して舞い上がっていた
のか、プッツンと糸が切れるように幸運の上昇曲線から一気に人生の奈落の底地獄の底を味わうように一気に降下してそれからほぼずっと底辺みたいな感じでしたね。
そしてそれから30歳をめどに東京から広島に戻り母親と暮らす形になりました。
しかし兄弟はまともな職業についているものもいますが、とんでもない反社な生活をしている兄弟もおり、大変その点では苦労かけられました。
そして私も派遣ではありましたが、徐々に固定収入を得て貯金も30歳から35歳の間に一気に1000万を貯め、そこからもっと田舎のほうに家を買い少し借金をしましたが、それがまた地獄の始まりで、引っ越した先は近所にヤクザ、暴走族、詐欺師、
火災保険泥棒まぁとにかくたくさんいましたね。
あまり引っ越し先では良い事はありませんでしたが、私自身も家の借金もあり、またいろんなところで借金を繰り返し火の車でしたので、地元のブラック企業に就職し、そこでは嫌がらせを受けいじめを受け
とんでもないことになりましたが、
がんばらないといけない状況になり
ましたね。
しかし悪いことばかりだけではなく私は
40歳でバイクの免許を取り50位の時に
オートマ運転免許を取りました。
それと49歳で思い切ってパスポートを取り中国に渡り結婚相手を自力で見つけだしました。
ネットで見たとてもキレイな中国美人を見つけ、彼女に会いに中国の瀋陽に向かいました。
空港の並み居る大勢の中国女性たちの中で飛び抜けてぱっと明るい光と、もう見た瞬間彼女だ!とすぐわかりましたね。
もう別世界のべっぴんさんでした。
写真通りの化粧落としてもまさに中国
美人でした。中国ではいろいろ詐欺にもあったり、いろいろありましてヘトヘトに
なり、広島に戻ったときには手に20円しか残ってなかったこともありました。
中国には何回か行きましたが、とにかく
自力でモデルクラスのとてもかわいい中国女性と結婚して今に至ります。
とにかく結婚するまでもいろんなトラブルがありましたが、それでも今は奥さんと娘1人何とか楽しくやっております。
甥っ子姪っ子を巻き込む弟の会社の乗っ取り事件もあり、まだまだ詐欺師や乗っ取り屋と戦う日々が続いております。
会社でも嫌がらせを受けておりましたのでかなり社内で大問題になりましたが私も弁護士とともに行動を起こすかどうか今検討中でございます。
皆さんももし社内でいじめ、嫌がらせ、
パワハラなどがあれば勇気をもって行動される方がいいかもしれません。
あと弁護士保険に入るといいですね。
私も入っておりますが。
これから来週中にかけて病院に入院しますがそこでヘルニアの手術をして同時に糖尿病とか下肢動脈瘤など、治療を受けたいと思います。
また歯科治療や眼科での眼瞼下垂治療も待っております。
もう全身ほんと病気の総合商社になってますね。
しかしふと思ったのですが私の今までの人生を色々と振り返り、ようやく62歳の終わりごろからこれからが本当の自分の人生だと思えるようになっております。
今までの62年間もいろんな人生のアップダウン悲しい思い、悔しい思い、辛い思いいろいろ感情が渦巻きましたが、何故か
また夜普通人生も62って言うと終わりかなと思いましたが私の本当の人生は62からと言うふうに私は決定付けましたよ!
つまり62までの今までの自分の人生が
序曲で、63からが私の本当の人生だと
私は決意しております。
これからの自分の歴史は63からのスタートです!
皆さんもまだお若いでしょうから、
自分仕様、これからセルフマネージメントしていただいて自己管理で成功をつかんでくださいませ!
Self control make you success!
本日もご視聴ありがとうございました
(^^)
書いてみたいと思いました!
書くことで自分を受け入れる、コンプレックスや過去の失敗を乗り越えることが出来るような気がします。
ただ、やらなければならないことが山積みで、そこにたどり着くにはしばらく時間がかかりそうな気がします。
自分史は一度書いたことがあります。文章ではなく箇条書きで書きました。
その時は客観的に書くことは全く心がけなかったです。
今の自分を基準にして
↓
何をしているときにどのようなセレンディピティがあって今になったか
↓
何をしているときにどのようなセレンディピティがあってそのセレンディピティに至ったか
↓
・・・
というのを自分の物心のつく頃まで辿りました。
お元氣さまです!
自己理解を深めたいと思います。
とにかく書き出すことが重要なのですね。
メモする、書き出すを常日頃から、
思いついたらすぐやって行きます。
恐らくコレも後から見ると、
自己理解に繋がって行くんだと感じます。
すぐやるコレが結構抜けていて、
3日坊主もありがちなので、
意識して楽しく取り組みたいと思います。
ありがとうございました。
自己理解はとても興味があります
失敗したり、サボったりする時のパターンを理解すれば、そのパターンを防ぐことができる気がするからです。
ブログやSNSに自分史の簡略版の様なものがあるので、それを土台にしてしっかりと書いてみます!
先日のオンラインでも自分史の振り返りをさせていただきました。
嬉しかったこと、悲しかったこと振り返ると、意外と具体的に出てきませんでした。
エピソードトークが話せるように再度ブログに記載して自己理解を深まるようにします。